無駄について考える
無駄とは、広辞苑によると、
・行っただけの効果や成果がないこと
・役に立たないこと、またはそのような様子(無益)
と記載されています。
無駄と聞くと、ネガティブなイメージがつきまとい、
克服しなければならない問題であると捉えられがちです。
しかし特定の行為や物が無駄となるか否かはは捉え方次第です。
たとえば、広告に刺激されて衝動買いをしてしまったとします。
それは使用されることなく収納の奥へ姿を消してきました。
自分が稼いだお金を自分自身のために効果的に使うことができなかった、
という意味においてはその行為は無駄であったと考えることができます。
しかしその消費行動は、
・商品の販売者にとっては利益となり
・消費税という税金を国(と地方)に納めて
います。
さらに、この衝動買いの経験を教訓として、
次の機会に自制することができれば、
この衝動買いの行為はもはや無駄ではなくなります。
一方、無駄を別の方向から考えると、
無駄なことができる・無駄があるとは、余剰があり満たされている状態なのではないでしょうか。
無駄をなくして効率化、ということは、
余剰をなくしていく行為になっている側面があるのではないかと考えます。
(効率化が進むにつれ、時間に追われ続けているのはなぜでしょうか)
何のために効率化をするか、
それは無駄な時間を確保するためです。
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都築太郎税理士事務所/Tsuzuki Taro Tax Accountant Office
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