「書く」ことは「掻き出す」こと

タイトルは小説家あさのあつこさんの言葉です。

先日テレビ放送された最後の講義であさのあつこさんの回の番組を見ました。

あさのあつこさんは小説家で代表作が「バッテリー」として知られています。

番組の中でその場にいる聴衆に自分の物語を書いてみるよう課題が出るのですが、その中で、

「書くということは自分にまとったベールをはいで、自分の内にあるものを掻き出し(書き出し)でいくことである」

とおっしゃっていました。

ブログを書いている自分の中でピンとくるものがありました。

書くことのマンネリ化

開業してから3ヶ月はブログを毎日書くことを決めて、書き続けています。

ただし書いていく内にマンネリ化しつつありました。

というのも、どうしたらブログを見てもらえるようになるか書籍やネットで情報収集をしていました。

・ペルソナを意識して書く

・読者の問題を解決するために書く

といったことが書かれています。

こうしていくうちに自分の中で思考が

読者が望むもの>自分が書きたいこと

になっていたように思います。
(望むものを書けていたかは分かりませんが、あくまでマインドの方向として)

まさに自分で自分にベールをかけてしまっていました。

書きたくないことは自分がやらなくても他の誰かがやる

自分があまり書きたいと思わないことを書いたとしても、あまり心に響くものは書けないでしょう。
(プロでなければ)

そして、それは他の誰か書きたい人が書いて解決するでしょう。
(税理士界隈でいうところの、○○は経費になる、ならないとか)

目指すところは、

読者が望むもの=自分が書きたいこと

です。

理想と思われるかもしれませんが、目指すところはそこかと。

自分の中にあるものを掻き出して表現していくことが、自分が情報発信する意味があると再認識しました。

需要がなければそれはそれでいいと思う反面、需要がなければ新たに作り出していくことも必要かなと思っています。

おわりに

NHKの最後の講義シリーズは好きなので、放送されるのを知っていれば欠かさず見ています。

聞き手として講師の方の話に引き込まれる同時に、

話し手として自分が最後の講義をするとしたら何を話すかを考えるのも面白いかもしれません。

今までの自分の人生を掻き出すと何が出てくるかワクワクしますね。
(一つ一つの出来事に対し、自分の価値観で生きていきたか、他人の価値観で生きてきたか、その時どう思ったか、そして自分の価値観とは何か(多かれ少なかれ自分の価値観が形成されていく上で様々な情報の影響を受けている、情報に偏りはないか)など)

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都築太郎税理士事務所/Tsuzuki Taro Tax Accountant Office

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